サイバーセキュリティ経営ガイドラインとは
- Pipeline Co. Ltd.
- 2021年3月1日
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■ガイドラインの背景
サイバーセキュリティ経営ガイドラインは、急速に変化するデジタル社会において企業が直面する新たな脅威に対応するために策定された重要な指針です。このガイドラインの背景には、企業のIT活用の進展に伴うサイバーセキュリティリスクの増大があります。デジタル技術の発展により、企業の業務プロセスや顧客とのコミュニケーション、さらには製品やサービスそのものがデジタル化されていく中で、サイバー攻撃のリスクは企業経営における重大な課題となっています。
特に近年、サイバー攻撃の手法が高度化・複雑化しており、従来の技術的対策だけでは十分な防御が困難になっています。ランサムウェア攻撃やサプライチェーンを狙った攻撃など、企業の事業継続に直接的な影響を与える脅威が増加しています。これらの攻撃は、単に情報漏洩にとどまらず、事業停止や重大な財務損失をもたらす可能性があり、企業の存続そのものを脅かす要因となっています。
さらに、デジタルトランスフォーメーション(DX)の進展に伴い、企業のビジネスモデルや組織構造が大きく変化しています。クラウドサービスやIoTデバイスの活用、テレワークの普及など、新たな技術やワークスタイルの導入により、従来のセキュリティ境界が曖昧になり、リスクの所在が多様化・複雑化しています。このような環境変化に対応するためには、技術的対策だけでなく、組織全体でのリスク管理体制の構築が不可欠となっています。
また、グローバル化の進展により、サプライチェーンのセキュリティが重要な課題となっています。自社のセキュリティ対策が十分であっても、取引先や委託先を含めたサプライチェーン全体でのセキュリティ確保が求められるようになりました。国際的なセキュリティ要件の強化も進んでおり、海外のパートナー企業との協業においても、高度なセキュリティ基準への適合が必要となっています。
このような背景から、サイバーセキュリティは単なる技術的な問題ではなく、経営レベルで取り組むべき重要課題として認識されるようになりました。企業の持続的な成長と競争力強化のためには、経営者自らがサイバーセキュリティリスクを理解し、適切な対策を講じることが不可欠です。サイバーセキュリティ経営ガイドラインは、このような認識に基づき、経営者がリーダーシップを発揮してセキュリティ対策を推進するための指針として策定されました。
■サイバーセキュリティ経営ガイドラインの構成
ガイドラインの構成は、主に「経営者が認識すべき3原則」と「サイバーセキュリティ経営の重要10項目」から成り立っています。これらの要素は、経営者がサイバーセキュリティリスクを経営リスクの一つとして認識し、自らの責任で対策を推進することを求めています。
経営者が認識すべき3原則は、経営者のリーダーシップ、サプライチェーン全体の対策、関係者との適切なコミュニケーションの3つです。これらの原則は、サイバーセキュリティが単なる技術的な問題ではなく、経営レベルで取り組むべき重要課題であることを強調しています。
経営者のリーダーシップについては、サイバーセキュリティリスクを経営リスクの一つとして認識し、自らの責任で対策を推進することが求められています。これは単なる防御策ではなく、企業の成長戦略の一環として位置づけられるべきものです。
サプライチェーン全体の対策については、自社だけでなく取引先や委託先を含めた包括的なセキュリティ対策の実施が重要です。サイバー攻撃は最も脆弱な部分を狙って行われるため、サプライチェーン全体のセキュリティレベルを向上させることが不可欠です。
関係者との適切なコミュニケーションについては、平常時および緊急時におけるサイバーセキュリティリスクや対策に関する情報共有と開示が求められています。これにより、ステークホルダーとの信頼関係を構築し、インシデント発生時の迅速な対応が可能となります。
サイバーセキュリティ経営の重要10項目は、これらの原則を具体化したものであり、経営者がセキュリティ担当幹部(CISO等)に指示すべき事項を詳細に示しています。これらの項目には、リスク管理体制の構築、対策のための資源確保、リスクの把握と対応計画の策定、効果的な対応の仕組み構築、PDCAサイクルによる継続的改善、インシデント対応体制の整備、サプライチェーン全体の対策、情報の収集・共有・開示の促進などが含まれています。
■「経営者が認識すべき3原則」と「サイバーセキュリティ経営の重要10項目」の詳細
サイバーセキュリティ経営ガイドラインは、経営者が認識すべき3原則と、サイバーセキュリティ経営の重要10項目から構成されています。これらの要素について、一項目ずつ詳細に解説します。
・経営者が認識すべき3原則
1:経営者のリーダーシップ
経営者は、サイバーセキュリティリスクを経営リスクの一つとして認識し、強力なリーダーシップを発揮して対策を推進することが求められます。これは単なる技術的な問題ではなく、企業の存続や競争力に直結する重要な経営課題です。経営者自身がサイバーセキュリティの重要性を深く理解し、組織全体に対してその重要性を明確に伝達する必要があります。また、セキュリティ対策に必要な資源(予算、人材等)を適切に配分し、継続的な改善を推進する体制を構築することも経営者の責務です。
2:サプライチェーン全体の対策
サイバーセキュリティ対策は自社内だけでは不十分であり、取引先や委託先を含めたサプライチェーン全体で推進する必要があります。サイバー攻撃は最も脆弱な部分を狙って行われるため、自社のセキュリティレベルが高くても、取引先や委託先のセキュリティが脆弱であれば、そこを経由して攻撃を受ける可能性があります。したがって、経営者は自社のセキュリティ対策を強化するだけでなく、ビジネスパートナーや委託先のセキュリティ状況を把握し、必要に応じて改善を要求するなど、サプライチェーン全体のセキュリティ強化に取り組むことが求められます。
3:関係者との適切なコミュニケーション
サイバーセキュリティに関する情報を、平時および緊急時の両方において、適切に関係者と共有することが重要です。平時においては、自社のセキュリティ対策の状況や方針を顧客や取引先、投資家などのステークホルダーに適切に開示することで、信頼関係を構築し、企業価値の向上につながります。また、業界団体や専門機関との情報交換を通じて、最新の脅威情報や対策事例を収集することも重要です。緊急時、つまりサイバーインシデント発生時には、影響を受ける可能性のある関係者に迅速かつ適切に情報を提供し、被害の拡大を防ぐとともに、企業の説明責任を果たすことが求められます。
・サイバーセキュリティ経営の重要10項目
1:サイバーセキュリティリスクの認識、組織全体での対応方針の策定
経営者は、サイバーセキュリティリスクを経営リスクの一つとして明確に認識し、組織全体での対応方針(セキュリティポリシー)を策定する必要があります。このポリシーには、企業としてのセキュリティに対する姿勢、目標、基本的な対策方針などを明記し、社内外に周知します。従業員に対しては、このポリシーの内容を理解し遵守するよう、教育や訓練を通じて徹底します。また、顧客や取引先といったステークホルダーにもポリシーを公開することで、企業の姿勢を示し、信頼性を高めることができます。
2:サイバーセキュリティリスク管理体制の構築
サイバーセキュリティリスクを適切に管理するための体制を構築することが重要です。具体的には、最高情報セキュリティ責任者(CISO)を任命し、その下にセキュリティ専門チームを配置するなど、責任と権限を明確にした組織体制を整備します。また、経営層、IT部門、事業部門、法務部門など、関連する部門間の連携を強化し、組織横断的にセキュリティ対策を推進できる体制を構築します。さらに、定期的にリスクアセスメントを実施し、新たな脅威や脆弱性に対応できる柔軟な体制を維持することが求められます。
3:サイバーセキュリティ対策のための資源(予算、人材等)確保
サイバーセキュリティ対策を効果的に実施するためには、適切な資源の確保が不可欠です。経営者は、セキュリティ対策に必要な予算を確保し、専門人材の育成や外部専門家の活用を含めた人材戦略を立案・実行する必要があります。また、最新のセキュリティ技術や製品の導入、従業員教育プログラムの実施、インシデント対応訓練の実施など、継続的な投資が求められます。資源の配分にあたっては、リスクアセスメントの結果を踏まえ、優先順位を付けて効果的に行うことが重要です。
4:サイバーセキュリティリスクの把握とリスク対応に関する計画の策定
組織が直面するサイバーセキュリティリスクを包括的に把握し、それに対応するための計画を策定することが求められます。リスクの把握には、自社のシステムやデータの重要度評価、脆弱性診断、脅威情報の収集・分析などが含まれます。また、把握したリスクに対して、回避、低減、移転、受容といった対応方針を決定し、具体的な対策計画を立案します。この計画には、技術的対策だけでなく、組織的対策、人的対策も含める必要があります。さらに、計画の実行状況を定期的に評価し、必要に応じて見直しを行うPDCAサイクルを確立することが重要です。
5:サイバーセキュリティリスクに効果的に対応する仕組みの構築
サイバーセキュリティリスクに効果的に対応するためには、適切な防御策、検知策、分析策を組み合わせた総合的な仕組みを構築する必要があります。防御策としては、ファイアウォールやアンチウイルスソフトの導入、アクセス制御の強化、暗号化の実施などが挙げられます。検知策には、侵入検知システム(IDS)や侵入防止システム(IPS)の導入、ログ監視の強化などがあります。分析策としては、セキュリティ情報イベント管理(SIEM)システムの導入や、脅威インテリジェンスの活用などが考えられます。これらの対策を効果的に組み合わせ、常に最新の脅威に対応できる体制を整えることが重要です。
6:PDCAサイクルによるサイバーセキュリティ対策の継続的改善
サイバーセキュリティ対策は、一度実施すれば終わりというものではなく、継続的な改善が必要です。そのため、PDCAサイクル(Plan-Do-Check-Act)を導入し、定期的に対策の有効性を評価し、改善を図ることが重要です。具体的には、セキュリティポリシーや対策計画の策定(Plan)、対策の実施(Do)、対策の有効性評価や監査の実施(Check)、評価結果に基づく改善(Act)というサイクルを確立します。また、新たな脅威や技術の進展、法規制の変更などの外部環境の変化に応じて、柔軟に対策を見直すことも重要です。
7:インシデント発生時の緊急対応体制の整備
サイバーインシデントの発生は避けられないものとして、その発生に備えた緊急対応体制を整備することが重要です。具体的には、インシデント対応チーム(CSIRT)の設置、インシデント対応手順の策定、関係者の役割と責任の明確化、連絡体制の整備などが含まれます。また、定期的にインシデント対応訓練を実施し、対応手順の有効性を確認するとともに、従業員の対応能力を向上させることが重要です。さらに、外部の専門機関や法執行機関との連携体制を構築し、重大インシデント発生時に迅速かつ適切な対応ができるよう準備しておくことも必要です。
8:インシデントによる被害に備えた事業継続・復旧体制の整備
サイバーインシデントが発生した際に、事業への影響を最小限に抑え、迅速に復旧するための体制を整備することが重要です。具体的には、事業継続計画(BCP)にサイバーインシデントへの対応を含め、重要業務の特定、目標復旧時間の設定、代替手段の確保などを行います。また、定期的にバックアップを取得し、安全な場所に保管することで、データの損失を防ぎ、迅速な復旧を可能にします。さらに、サイバー保険の加入を検討し、金銭的な損失に備えることも有効です。定期的に事業継続・復旧訓練を実施し、計画の実効性を確認することも重要です。
9:ビジネスパートナーや委託先等を含めたサプライチェーン全体の状況把握及び対策
サイバーセキュリティ対策は自社だけでなく、ビジネスパートナーや委託先を含めたサプライチェーン全体で推進する必要があります。具体的には、取引先や委託先のセキュリティ対策状況を把握し、必要に応じて改善を要求します。また、契約時にセキュリティ要件を明確化し、定期的な監査や報告を求めることも重要です。さらに、サプライチェーン全体でのセキュリティ教育や訓練の実施、情報共有の仕組みの構築なども効果的です。特に重要なパートナーや委託先については、自社と同レベルのセキュリティ対策を求めることも検討すべきです。
10:サイバーセキュリティに関する情報の収集、共有及び開示の促進
サイバーセキュリティに関する情報を積極的に収集・共有・開示することが重要です。情報収集については、政府機関や業界団体、セキュリティベンダーなどから最新の脅威情報や対策情報を収集します。また、自社で検知した脅威情報を業界内で共有することで、業界全体のセキュリティレベル向上に貢献できます。情報開示については、自社のセキュリティ対策の状況や方針を適切に開示することで、ステークホルダーからの信頼を獲得し、企業価値の向上につながります。ただし、開示する情報の範囲や方法については、セキュリティリスクを考慮して慎重に判断する必要があります。
これらの原則と重要項目を適切に実施することで、企業は効果的なサイバーセキュリティ対策を推進し、デジタル時代における持続可能な成長を実現することができます。
■まとめ
サイバーセキュリティ経営ガイドラインは、企業がデジタル時代のサイバーリスクに効果的に対応するための包括的な指針を提供しています。このガイドラインは、「経営者が認識すべき3原則」と「サイバーセキュリティ経営の重要10項目」から構成されており、経営者のリーダーシップの下で組織全体がサイバーセキュリティに取り組むことの重要性を強調しています。
経営者が認識すべき3原則は、サイバーセキュリティが単なる技術的問題ではなく、企業の存続と競争力に直結する経営課題であることを明確にしています。
サイバーセキュリティ経営の重要10項目は、組織的、技術的、人的な側面からサイバーセキュリティ対策を総合的に推進することの重要性を示しています。特に、サイバーセキュリティを単なるコストではなく、企業価値を高め、持続可能な成長を実現するための投資として捉える視点が強調されています。
また、このガイドラインは、急速に変化するデジタル環境に対応するため、定期的に改訂されています。最新版では、DXの推進やサプライチェーンセキュリティの重要性、ゼロトラストモデルの導入など、最新のトレンドや課題に対応する内容が盛り込まれています。
結論として、サイバーセキュリティ経営ガイドラインは、経営者がサイバーリスクに戦略的に対応し、組織全体でセキュリティ対策を推進するための重要な指針となっています。このガイドラインを効果的に活用することで、企業はデジタル時代における競争力を維持し、持続可能な成長を実現することができるのです。













